「椎野さん、食事は別で食べるんですか?」
中井はキャラメルの泡をスプーンですくって、プリンのように食べる。
むせかえるような甘い香りに碧は顔をしかめ、少し後ろをに距離を取った。
「ここはサンドイッチしかないから、家で何か作るよ」
「自炊してるんですね」
「買って食べるのと、半々ってところかな」
コーヒーを作ってくれるスタッフも、“彼女”ではなかった。
その姿を見なくなり、もうひと月以上になる。
「おはようございます。カウンター代わります」
「お願いします」
そんなやり取りが聞こえて、碧はカウンターを見た。
バックヤードに下がる店長と入れ替わって、女の子がカウンターに入る。
その顔を確認して、碧はふたたびコーヒーに視線をもどした。
「一緒にご飯食べてくれるひと、早くできるといいですね」
中井はかさぶたを剥ぐような、痛みを堪える表情で言った。
無神経に踏み込む言葉も、中井の場合は純粋なやさしさゆえである。
春に長年付き合った彼女にフラれたとき、碧以上に悲しんでくれたのも中井だった。
「そうだね」
「俺、何でも協力するんで、何かあったら言ってください」
「何かあればね」
“彼女”とはじめて会ったとき、碧は中井くらいの年齢だった。
入社して二年目。
社会人としては子ども同然だったけれど、高校生の“彼女”はずいぶん幼く思えた。
あれから数年経って、年齢差は変わっていないのに、距離感は全然違って感じられる。
「参考までに、好みのタイプを教えてください」
「好みって言われてもなあ」
碧の頭に浮かんだのは、とりたてた特徴のない女の子だった。
その辺によくいる、かわいい女子大生のひとり。
「雨だね」と言うと「梅雨ですからね」と言う。
「暑いね」と言うと「夏ですからね」と答える、コーヒーショップの女の子。