今朝、急遽茶封筒が必要になって、文具を入れてある引き出しを開けたが、たまたま切らしていた。
夫なら、予備をカバンの中に入れているかもしれないと、勝手にのぞいたのがいけなかった。
ピンク色の蝶が舞うかわいらしいレターセットは、わたしが見たことないものだった。

「結婚式で、どうして蝶結びの水引を使わないか知ってる? 蝶は浮気の象徴だからだよ」

「そうなの? 知らなかった。けど! 知らなかったんだから関係ないでしょ」

「これ、五枚入りなのに四枚しかないんだけど、いったい誰に出したの?」

夫はポカンとわたしとレターセットを見つめた。

「え? それだけ?」

「うん」

「それだけで“浮気”?」

「だって! これ絶対仕事用じゃないもん! こんなにかわいいデザインのレターセット、男の人相手には使わないじゃない! しかも一枚使ってるんだよ。絶対女の人に渡したよね? ちなみにわたしの誕生日は先週終わったけど、手紙はもらってない!」

バシッとレターセットを投げつけても、さほどの痛みは与えられなかった。
床に落ちたそれを、夫はゆっくりと拾う。

「わかった。説明するからまず座って。それで、先に俺の質問に答えて」

「なんでよ! 先に事情説明してよ!」

夫は余裕の笑みで、レターセットをひらひらとふる。

「知りたいんでしょ? この意味」

形勢逆転。
おもしろがるこのひとに、わたしは勝てた試しがない。
悔しいけれど、知りたいなら夫の言うことに従うしかなかった。

わたしは乱暴にイスに座って、夫をにらみつける。

「この離婚届、なんでこんな中途半端なの?」

離婚届にはわたしの名前と住所が記されているものの、それ以外の項目も印鑑もまっさらなままだ。

「俺も最初は動揺して気づかなかったけど、君らしくないよね? 君が本当に離婚を決めたら、漏れのないように徹底して記入して、荷物まとめて家を出るよ。たぶん、俺がどんなに手を尽くしても、二度と帰ってきてくれないと思う」

夫の顔をまともに見ていられなかった。
うつむいた視界で、手を強く握る。

「俺が完璧に記入しちゃったら、困る?」

夫の手の中で、離婚届の薄紙はピラピラとたのしげに踊っている。

「離婚なんてしたくないんでしょ? まだ俺のこと好きなんでしょ?」

「事情説明はどうなったの!」

「答えないと教えなーい」

腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ!
こんな男に対して、嘘でも「離婚してやる!」と「きらいだ!」と言ってやれない自分にも腹が立つ!