何回かミーティングを重ねるうちに、鈴は高橋からの信頼を勝ち取るようになった。


「神野さんに、仲間に加わっていただいて、本当によかった。」


そう高橋に直接、言われた時には、素直に嬉しかった。ミーティングの日程調整や両社の連絡の窓口は、いつの間にか鈴になっていた。


そんなこんなで、1ヶ月程が過ぎた。その日の打ち合わせが終わり、鈴が帰宅の途について、駅に向かって歩いていると


「神野さん!」


と後ろから声を掛けられた。振り返ると、高橋が息を弾ませながら、追い掛けて来るところだった。


「あっ、副社長。どうされたんですか?」


驚いて鈴が声を掛けると


「いや。昼飯を食い損なったんで、何か腹ごしらえをと。」


とやや苦笑い気味に、高橋は答える。


「えっ、こんな時間にですか?」


「今日のミーティングの準備が間に合わなくてね。それで会社を出たら、神野さんの後ろ姿が見えたんで、慌てて追い掛けたんだけど、結構見かけによらず、早足なんで、追い付くのに苦労した。」


と肩で息をしながら言う。


「すみません。ノンビリ屋のくせに、せせこましく歩くって、夫にも言われます。」


と鈴は笑いながら答える。


「おかげで、いい運動になった。ところで、神野さんはこのまま帰り?」


「はい。」


「じゃ、よかったらちょっとお茶でも飲んでかない?僕はこれからあそこの喫茶店で軽く食事するんだよ。」


今にしてみれば、断るべきだったかもしれない。しかし気さくにそう誘われて、鈴はなんの抵抗もなく、自然に頷いてしまっていた。


鈴がコーヒーを飲んでる前で、トーストセットをパクつく高橋。なんともイメージと違う姿に可笑しくなった鈴は


「副社長さんもわざわざ、外に足を運んで、そんなものを召し上がるんですね。」


「どういうこと?」


「昼食なんか、副社長室でキチンとしたものを召し上がるか、外出されるにしても、レストランでランチみたいなイメージだったんで。」


「ウチは財閥系の総合商社じゃない。そんな優雅な世界とは程遠いよ。お取引先との会食でもなければ、普段は社長以外はみな、社員食堂です。今日はもう社食が閉まっちゃったから、こうなってるけどね。あと、僕は神野さんの会社の副社長じゃないし、まして今は社外なんだから、高橋で結構ですよ。」


そんな肩の凝らない会話を交わして、30分ほどで、2人は店を出た。


「すみません、なんかちゃっかりご馳走になりまして。」


と頭を下げる鈴に


「いや、1人で飯を食うのも、味気ないから。それより考えてみれば、神野さんは、これから帰って夕飯の仕度とか、あったんじゃない?だとしたら、迷惑でしたよね。」


と高橋が気が付いて、少し恐縮する。


「いえ、今日は夫の当番なんで。」


と鈴が、にこやかに答えると


「ああ、ならよかった。じゃ、今日はお疲れ様でした。」


ホッとしたように高橋は言った。


「副・・・高橋さんもお疲れ様でした。では、また次回よろしくお願いします。」


そう挨拶を交わして、2人はそこで別れた。