鈴が、既に動き出していた自社の欧州販売ルート開拓プロジェクトに加わるように、営業部長から命じられたのは、昨年の夏から秋に季節が移ろおうかという時期だった。


それまで、担当していた別の女子社員が、体調を崩し、しばらく静養を余儀なくされ、その代役を務めて欲しいとの指示だった。


このビッグプロジェクトのことは、営業部の一員として、ある程度耳にしていたが、本来は営業事務担当の自分では、あまりに荷が重いと感じた鈴は、辞退を申し出た。


「先方からは、後任は通訳レベルではなく、自分で英語でビジネスを語れる、交渉出来る人物、出来たら女性をとの要望で、それを受けての、本田常務直々の指名なんだ。」


鈴が入社当時の営業部長で、現在は営業本部担当常務に昇進している本田は、営業部の内情にも、当然精通している。その本田の人選とあっては、断れないし、光栄なことと、鈴は思った。


「わかりました。そういうことでしたら、微力ながら、頑張らせていただきます。」


と鈴は答えた。こうしてプロジェクトに加わった鈴が初めて参加した、パートナー企業である商社とのミーティングで出逢ったのが、高橋隆之介(たかはしりゅうのすけ)という人物だった。


高橋は若干33歳という若さで、副社長のポストにいる。社長の御曹司で、次期社長となるはずの彼が自ら、リーダーとして、このプロジェクトに参加している事実は、相手の商社も相当に力を入れている証左であった。


その高橋は、身長180センチを優に超える長身、眉目秀麗としか言いようのないルックスがまず目を惹いたが、テキパキと会議を仕切り、物事を即断即決して行く姿は、彼の尋常ならざるビジネスマンとしての能力を、鈴に見せつけた。


高橋が決して、親の七光りで、現在の地位にいるのではないことは、一目瞭然だった。強力なリーダーシップを自社社員にだけでなく、取引先の社員である鈴達に対しても、遠慮なく発揮していたが、しかしそれは押し付けがましくも、高圧的でもなく、相手がパートナー企業の社員であることを、弁えた言動に終始していた。


「人間は食べる為に、全ての営みを行ってるんです。美味しいものを手に入れる為なら、金も労力も絶対に惜しみません。だから食品には、未来永劫、ビッグビジネスチャンスが生まれ続けるんです。こんな面白い業界は他にありませんよ。」


と言って、爽やかに笑う高橋に、鈴は好感を持った。