鈴は営業部所属だが、担当は後方支援部隊とも言える営業事務だった。


ところが、鈴もキャリアを重ね、徐々にウィングを広げて行き、営業事務のリーダー的ポジションにいながら、アシスタントとして、営業担当の補佐、更には組んだ相手が後輩だったりすると、むしろ彼女が主務のような立場に立たされるケースも出て来るようになって来た。


「私、営業向きじゃないんだけどなぁ。」


達也にそうボヤきながらも、真面目な鈴は、真摯に与えられた業務に取り組んでいた。


「どうして、どうして。鈴ちゃん、結構営業向いてると思うぜ。あんな感じで、人当たりはいいし、頭もいいから勘どころはしっかり抑えてて、安心して見てられる。ここんところの新入り、特に男連中がボンヤリくんや外れが続いてるから、部長が彼女に期待するのも無理ないぜ。」


とは達也と同期の飯田拓巳の言。人間的にはともかく、今や営業部のエース格になっている飯田がそう言うなら、間違いないんだろうな、と達也は思っていた。


実際、鈴の言葉も少しずつ、変わって来た。


「疲れるけど、いろんな人がいて、いろんな企業があって、面白い・・・って言うのは、ちょっと言葉が違うけど、なんか興味深い。営業担当に完全に転身しろって言われると、考えちゃうけど、今のポジションも悪くないかも。」


この日も、鈴はこんなことを目を輝かせて言っていた。


「そうか、よかったな。大変だとは思うけど、頑張ってな。俺も精一杯サポートするよ。」


「うん、ありがとう。でも、大丈夫。達也だって、自分の仕事が大変なんだし、私1人が大変なわけじゃないから。」


「俺は大丈夫さ。それにお義母さんから言われてるしな、俺と結婚したから、鈴の可能性が摘まれることがないようにって。」


そう言うと、達也は笑った。


それから鈴はますます多忙になって行った。達也と一緒に帰って来られることは、まずなくなり、その帰宅時間は10時を超えることも少なくなかった。


「今、新しい取引先との話が進んでて。海外での販路拡大に繋がるかもしれない話で、上の方もかなり乗り気なの。私はもちろん、主務じゃないんだけど、アシスタントとして、ちょっと深入りさせられちゃってて。私の身の丈には、とても合わない仕事なんだけど、今更放り出せなくて・・・。あなたに迷惑掛けてしまって、本当にごめんなさい。」


そう言って、申し訳なさそうに謝る鈴に


「詳しい話は部外者の俺には、漏れて来ないけど、なんかビッグプロジェクトが動いてるっていうことは伝わって来てる。そんな企画に関わってるなんて、凄いじゃないか。我が社の発展の為にも、頑張ってくれよ。ただ、無理だけはするなよ。俺に出来るサポートはなんでもするから。」


「達也・・・。」


夫の励ましが心に沁みて、鈴は思わず達也の胸に飛び込む。


「達也、だ〜い好き。」


そう言って、自分を見上げる妻の顔を、いつものように、照れ臭そうに見つめる達也。


そんな夫の唇が目に入り、次の瞬間、鈴はその柔らかな感触を求めていた。