鈴が営業部長に呼ばれたのは、それから数日後だった。


「日帰り出張、ですか?」


「ああ。高橋副社長が、神戸にいくつかウチに紹介したい洋菓子店があるらしい。いずれも地元では知る人ぞ知る銘菓を製造、販売している店だが、販売ルートの拡大や後継者不足に悩んでいる店もあって、ウチと組んでもいいと言ってるそうだ。」


「そうなんですか。」


「ああ。それらとウチと組んで製造体制を強化すれば、全国、更には海外へと販売拡大出来るチャンスになる。そのルート作りは当然高橋さんの会社と組んでやる。面白いだろう。」


「はい。」


「そこで、君に高橋副社長と一緒に、その店を回って来てもらいたい。」


「えっ、私がですか?」


驚く鈴。


「私は営業担当じゃありませんから、初めてのお取引先候補にお話を伺ったり、逆にお話をする、いわゆる交渉事なんて、とても出来ません。」


慌てて辞退すると


「そんなに難しい話じゃない。要は取り敢えず、まずは試食に行って来て欲しいんだ。」


と部長。


「高橋さんを疑うわけじゃないが、その店の『銘菓』とやらが、本当に全国、更に海外まで拡販出来るような菓子かどうか、まずは食べてみなきゃわからんだろう。」


「はい・・・。」


「その吟味をして来て欲しい。ついでに店主や店の雰囲気、更には実際のお客の付き方なんかをリサーチしてくれればいい。それにスイーツの味のジャッジは、やっぱり女性の方がお手のものだろう。高橋さんも同じ意見だ。1つよろしく頼むよ。」


「あの・・・。」


「なんだ?」


「出張って、私と高橋さん、2人でいうことですか?」


おずおずといった風情で、そう尋ねた鈴に


「ああ。高橋さんのスケジュールが取れ次第、行ってもらうことになる。なんと言っても忙しい人だからな。急に決まるかもしれないから、準備だけはしておいてくれ。」


当然と言わんばかりに、そう告げた部長は、鈴から視線を外すと、書類に目を落とした。


(高橋さんと2人きりで出張なんて・・・どうしよう。)


一礼して、部長のデスクを離れ、自席に戻りながら、鈴は困惑していた。