冬の花

「10歳の誕生日の夜。
母親をアパートの階段から突き飛ばした。
母親はずっと夜の仕事してて、毎日遅くに酔っぱらって帰って来ていた。
あの日も、俺は母親の男に散々殴られて、男はそれで満足したように酔っぱらって気持ち良さそうに眠っているのを横目で見ていた。
暫くして、母親の階段を登るヒールの音が聞こえて来て、俺は部屋の外に出た。
そして、階段を上り終えた母親を突き飛ばした。
そんな力を入れたわけじゃないんだけど、簡単に転げ落ちて…。
階段から落ちた母親がどうなったかは暗くてよく見えなかったけど、
もう動かなくて。
俺、怖くなって慌てて部屋に戻った」


阿部さんは、先程の辛かった過去とは違い、
その事を淡々と語っている。


その感じが、今も母親に対する憎しみを感じる。


母親を殺した事に、何一つ罪悪感がないのだろう。



「朝になったらアパート中騒ぎになってて、パトカーやらなんやら騒がしくて。
誰も母親が殺されたとは思わず、事故で片付けられた。
酔っぱらって階段から落ちたんだって。
俺もアリバイすら訊かれなかった。

そこからは、母親の男は出て行って、大した身寄りの居ない俺は施設に入れられて。
すぐに、俺を養子にしたいって子供の居ない阿部夫妻が現れて…そっからは…」


「そこからは、私に話してくれた通りなんですね?」


「ああ…」


今、こうやって聞いていても、
阿部さんにそんなに暗くて重く辛い過去があったなんて信じられないでいる。



私の知っている阿部さは、本当に明るくて優しくて、
私から見たらその存在が眩しいくらいで。


阿部さんは生まれてからずっと優しい世界の中で生きて来たから、
そうなんだって思っていたから。