あれ、こんなこと、話すつもりじゃなかったのに。

でも、話さなければ思った。

真実を教えてくれた湖蘭さんに、もう一つ、こーちゃんが忘れたものがあると。

「俺、小学生当時、こーちゃんと仲良かったんです。だから同じ高校に入学してきて、こーちゃんだってわかって嬉しかったんです。またあの頃みたいに友達になりたい、て……。でもこーちゃん、俺が名乗っても、お隣だったことを話しても、俺はこーちゃんの忘れた記憶の中にいたみたいで……。俺は生まれた家も育った家も同じなので、こーちゃんが小さな頃から知っています。なくした記憶の前後だけにいるわけじゃない……。どうして、なんでしょうか……」

……そんな答え、湖蘭さんが知っているわけがない。

でも、ただ沈黙の空間にいることは出来なかった。何か話していたかった。

湖蘭さんが、そっと面をあげた。

「……私の推測になりますが、『こーちゃん』という呼び方かもしれません……」

「呼び方?」

「朝宮さんが言った通り、そう呼んでいたのは湖月の両親だけです。『こーちゃん』という呼び方をする両親を失ったことで、同じように呼んでいた朝宮さんも、連鎖してしまったのかもしれません……」

……湖蘭さんの答えに、俺は、「そうかもしれませんね……」と答えることしか出来なかった。

「伽藍が湖月に嫁になれと言っているのは、身内の中にいれば本当のことを知ってしまう可能性がぐんと下がるからです。……不器用ではありますが、伽藍なりの湖月の守り方なのです」

湖蘭さんも仕事に戻らなければいけない時間になって、俺は『湖風』を出た。

湖蘭さんは最後に、「私たちの嘘に加担させてしまい申し訳ありません」と、また頭を下げてきた。

俺は「俺が加担しているのは、嘘じゃなくてこーちゃんの心を守ることです」と答えた。

……今の俺に出来る、精いっぱいの答えだった。