「うわあっ」



思わず叫びながらガタッと席から離れた私を、まるで馬鹿にするみたいに鼻で笑う彼。


……な、なんだ今の。鼓膜に直接響いてきたぞ。え、何?あれが一時期世間を騒がせた耳つぶってやつなの?吐息が交じってましたけど?えっあれ一般市民が使いこなして許されるわざなの?え?え???


自分が置かれている状況が全くと言っていいほど理解できなくて、私はただただ口をパクパクしながら、言い訳を探していた。

だって、こんなのってない。


耳に囁くどころか、今まで一回も私のこと、下の名前で呼んだことない癖に。



「あ、会いたかったっていうか、……その」



『…一応聞きますけど、何してんすか、先輩。』

『そんなに俺に会いたかったの?せつか先輩』


───質問ではなく、愚問だった。

本当に聞くまでもない。だからこそ彼も、そんな聞き方をしたんだろう。


だって本当にその通りなのだ。私は彼に会いたかった。

彼の普段見ている景色に、触れたかった。



「……遠くなったの、私たち」


「…え?」



ぽつりと零した言葉が、大した大きさもない癖に、ずんと重たくなってのしかかる。


───今日、私は一つ、歳をとった。

それまで同い年だった、一つ下の彼が、また一年違いの後輩になってしまったのだ。



「……(あらが)いようのないさだめによって、私たちは引き離されてしまったの。そう、まるで天の川によって触れ合うことさえ許されない織姫と彦星のよ、」


「待て待てストップ、やかましいわ。ポエマーか」


「うっ、ううううう」


「そんでなんで泣くかなあ……」




唐突に泣き崩れた私の元に、心底面倒臭そうな声を漏らしながら寄ってくれた彼の手が、わしゃわしゃと私の頭を撫でる。

これじゃどっちが後輩なのか……なんていう呟きもばっちり聞こえているけれど、今回ばかりは返す言葉もなかった。




「……照れたり泣いたり、ほんと忙しないですね」


「うるさいよ、知ってるよ迷惑なら帰ってよ」


「何急に()ねてんすか」


「大体そもそも!そっちが放課後遅くまで残ってるからじゃん!」


「先輩、そういうの責任転嫁って言うんですよ」


「だって、私もう同い年じゃいられなくなっちゃったんだよ、学生にとっての一歳違いってめちゃくちゃ大きいのに、またわたし年上になっちゃったんだよ!」


「…先輩、」


「そう思ったらなんかめっちゃ悲しくなって、せめて同じ椅子に座って同じ景色を見られたら少しは近づけるかなって馬鹿みたいなこと考えたのに、結局本人にバレるしこんなの絶対引かれるし、もう最悪……っ」


「せつか先輩!」


「っ」