「……一応聞きますけど、何してんすか、先輩」



放課後、誰もいない教室。

唯一音として私の耳に届いていた運動部の方々の掛け声は、そんな愚問(ぐもん)によってかき消された。


質問ではなく、愚問。だって本当に聞くまでもない。だからこそ彼も、そんな聞き方をしたんだろう。

……愚問だからこそ、ちょっとかなりまずいんだけれども。



「…………それ聞く?」


「…まあ、そりゃ、」



本来ならば訪れることはない、後輩の教室。しかも特進科の校舎なんて、文化祭でもない限りまあ立ち入ることはない。

それでも私は、迷わずここに来た。というか気付いたらここまで来てしまっていた。


特進科、1年5組。右から3つ目、後ろから2つ目。



「自分の場所陣取られてたら、問い詰めたくもなるでしょう」



---まさに今、少し冷めた瞳の中で私を映している、彼の席だ。



「いやだってまさかご本人登場なんてサプライズが用意されてるとは思っていなかったというか……」


「ちょっと席を外して戻って来たら何の前触れもなく見知った先輩に自分の椅子を奪われていた事の方がサプライズだと思いますけどね」


「ああー確かに!」


「素で感心すんのやめてくれません?何他人事ぶってるんですか?」


『ていうか、』と続けた彼が、トンと机に手を置く。色素の薄い柔らかそうな前髪が、一瞬ふわりと鼻の頭を掠めた。

……シャンプーの匂いだ。確かこの前、駅前で試供品を配っていた。あれ使ってるのかな。帰りに私も買ってみようかな。


そんな逸れ始めた思考回路を、まるで遮断するみたいに。

彼が密やかに、けれどはっきりと呼んだ。



「そんなに俺に会いたかったの?せつか先輩。」



───私の、名前。