アリシアは、先ほど空気を掴んだ手をぼんやり眺めながらカイに問う。


 イルヴィスは、アリシアとの婚約が決まるまでは「妃など必要ない」の一点張りで、数多くの貴族令嬢との縁談を断ってきた。それと同じように、ディアナとの間にも縁談はあったが、イルヴィスはそれを断っている。

 何故かアリシアは、そのような答えを期待してしまう。


 しかしカイは、それには静かに首を振った。



「いや、父上……国王は、ディアナを信頼している国内の有力貴族に降嫁させようとお考えでな。頑なに他国へやろうとしないんだ。故にイルとの間にそのような話は出たことがない」


「そう、ですか……」


「貴女の言う通り、ディアナは昔からイルの妃になることを夢見ていた節があるし、イルの方ももしアリシア殿と婚約が決まる前にディアナとの縁談があれば受け入れていたかも……と、そんなのは貴女にするべき話ではないな。すまない」


「いえ、わたしはその辺の事情を全く知りませんので、教えて頂けてありがたいです」



 そんな心にもない感謝を口にして、アリシアは空を仰いだ。

 さっきまで心地よく感じていたはずの暖かな風が、今はただただ暑く不快なものに感じる。


 ふと、挿してもらったハイビスカスを髪から外す。

 美しい黄色の花は、早くも萎れ始めていた。