しかし何を思ったのか、唇をきつく噛み締めると立ち止まった。そのままディアナの走り去った方を見つめながら言う。
「……イル。すまないが、ディアナを追いかけてやってくれないか」
「は……」
「頼む」
振り返り頭を下げるカイは、真剣そのものだった。ひしひしと伝わってくる彼の本気さに、イルヴィスですら若干たじろいだように眉を寄せた。
そして、「わかった」と短く答え、ディアナの走り去っていった方へ顔を向ける。
アリシアがそんな彼の方へ手を伸ばしたのはほとんど無意識だった。
(ちょ、待って……)
だがその手は虚しく空気を掴み、イルヴィスは足を進め行ってしまう。
それを見ていたカイが、アリシアの方へ歩み寄り、申し訳なさそうに言った。
「その……ディアナは昔からイルに懐いていてな」
ぼやかして言わずとも、さすがに察しはつく。要するに、王女はずっとイルヴィスのことが好きだったのだろう。
密かに想っていたのか、積極的にアピールしていたのかは知らないが、婚約者であるアリシアを目の前にして泣き出してしまう程には。
「……ディアナ王女はイルヴィス殿下の妃になることを望んでいらっしゃるのですね。今までお二人の間に縁談の話があったりしたのですか?」