イルヴィスが噂のような冷たい人物ではない。そのことは、婚約して、共有する時間が増えて、ようやくわかった。
だけど彼の幼なじみカイは、きっとそんなことはずっと前から知っていたのだろう。
(わたしも、もっと彼のことが知りたい)
そんな気持ちがアリシアの中でどんどん大きくなっていく。それに気づいて、そっと胸の辺りに手を当てる。
「アリシア?」
静かなアリシアに気がついたらしいイルヴィスが声をかけてきた。
アリシアはその声にハッとして笑顔をつくる。
「ごめんなさい、何だか感動しちゃって。でもそろそろ戻った方がいいですかね」
きっとノアは怒っているであろうし、早めに戻って少しでも怒りを抑えてもらおう。
アリシアは、先ほどの気持ちを切り替えるようにゆるく首を振る。
そして、転ばないように気をつけながら向きを変え、転ばないように気をつけながらゆっくり砂浜の方へと向かう。そう、とにかく転ばないようにだけは気をつけていた。
だが、気を付けたつもりでも避けられない災いだって存在する。
「わっ」
「アリシア!」
濡れた砂は足にまとわりつくような柔らかさで、簡単にバランス感覚を奪ってくる。さらに、砂から脱したところで足があるのはまだ水中なので、体勢を戻すのも難しい。



