青年は懐中時計で時間を確認し、悲しそうな声をあげた。

 日が長くなってまだまだ明るいが、もう夕方である。



「そろそろ行かなければ、連れが俺の捜索を始めてしまう。この幸せな時間が永遠に続けば良かったのに……!」



 いや、さすがに永遠に続かれては困る。アリシアは内心そう思いながら聞いた。



「お連れ様に指定された場所はどこかしら?馬車でお送りするわよ」


「大丈夫だ。歩くことには慣れている」


「そう?ならせめてこのマフィンでも持っていって。残り物だけど、また途中でお腹を空かせて倒れたらダメだから」


「最後まで素晴らしい気遣い。やはり貴女は美しい人だ」



 青年は嬉しそうにマフィンを受け取る。

 そして、優雅にお辞儀をした。



「助けて頂いて本当にありがとう。この恩はいつか必ず返させてもらうよ」



 その言葉を最後に、彼は屋敷を後にした。



(何だか、嵐のような人だったわね)



 アリシアは彼の後ろ姿を見ながら思う。


 恩は必ず返す。

 そう言っていたが、あの青年は旅人だ。きっともう会うことはないだろう。


 ……まさか、その予想があそこまであっさり覆されることになるとは、この時は思ってもみなかった。