王女ともあろう彼女が夜に家族でもない男の部屋を訪ねるなど……と思わずため息をつきたくなる。箱入り娘の彼女はその辺りの常識を教わっていないのだろう。



「あっ、イル様!」



 扉を開けると、ディアナは湯気を立てる二つのティーカップをのせたトレイを持って、従者のすぐ横に立っていた。

 彼女はイルヴィスの顔を見るとぱあっと表情を輝かせる。



「あの、一緒にお茶を飲みたいと思いまして、持ってきたんです」


「ディアナ。こんな時間に一人で男の部屋へ来るなど、あまりに不用心ではないか?」



 軽くたしなめるも、ディアナはきょとんとして首を傾げた。



「来てはいけませんでしたか?」


「良くはないだろう」


「そうですか……。ですけどイル様、イル様がこの城にいらっしゃる間、私との時間を優先すると約束してくださいましたよね?」



 上目遣いでそう言われると黙るしかない。


 ──ディアナと過ごす時間を優先させる。

 それは、この城に来た初日に彼女と交わした約束だった。


 あの日、アリシアがイルヴィスの婚約者であるという事実を知ったディアナは、泣きながらその場から逃げるように去った。

 カイに促され追いかけていくと、彼女はうずくまりながら涙を流しており、イルヴィスに対してぽつりぽつりと話し出した。