私は斎藤家にとって、何の役にも立てなかったのだ。

 信長に愛想を尽かされ、帰された身。
 もし、本物の帰蝶が嫁いでいたなら斎藤家の未来は変わっていたかもしれないというのに。

 私は偽者の帰蝶。
 本来ならばこの城に世話になっていること自体、場違いなのだ。

(光秀殿……。わらわはどうすればよいのじゃ……)

「そなたは斎藤道三の娘、帰蝶なのです。狼狽えてはいけません。信長の正室於濃の方様として過ごすのです。それが叔父上様と叔母上様の願いなのです」

 光秀は私を優しく抱きしめてくれた。
 信長に触れられただけでこの身は震えていたのに、光秀の腕の中は親鳥の巣のように温かく、心が穏やかになれた。

 だけど……。
 この想いは心に封じ込め、口にすることは出来なかった。



 ――弘治2年、安住の地と思っていた“明智城を斎藤義龍が攻め落とし、光安らは自害した。”私も斎藤道三から譲り受けていた短刀で、首を掻き斬るつもりだった。

「於濃の方様! 自害してはなりませぬ!」

 寸前のところで、私は光秀により救い出される。

 騒然とする城内。侍女とも散り散りとなる。光秀と密かに明智城を抜け出した私は、馬に乗り光秀の用意した隠れ家へと落ち延びた。

「明智城を攻め落とされ、我が一族もこれで離散するしかございませぬ。今宵はここで一夜を過ごし、わしは母方の若狭武田氏を頼るつもりでございます」

(わらわはどうすれば……)

「わしと行動を共にし、そなたが於濃の方様だと悟られたならば、義龍軍により身に危険が及ぶやも知れません。ここは織田信長殿の元に戻った方が宜しいかと」

 私は首を横に振る。
 今さら織田家に戻っても、私は何の価値もない。

 今さら……。
 信長のもとには戻れない。

(……光秀殿のお側にいとうございます)

 光秀は逞しい腕で、私を抱き留めた。
 鼓動がトクトクと早まる。

 戦国時代にタイムスリップし、斎藤家でお逢いしたあの日から、私は……。