「……やめて」

 口ではそう懇願するものの、体が熱く燃えるように、信長を求めている。

 一時の戯れでもいい。
 信長の心を奪えなくてもいい。

 このまま……。
 信長に抱かれていたい。

 あたしは……。
 理性を手放し、心のままに信長を受け入れた。

 帰蝶を裏切ったのだ。

 信長が激しく動くたびに、体は蝶の羽のようにゆらゆらと揺れた。

 男として生きてきたあたしに、女としての性を信長は一瞬で体に刻みつけた。

 帰蝶を裏切ったからには、このまま自刃するしかない。信長の腕の中で、信長に斬り殺されるなら本望だ……。

 共に果て、息を弾ませている信長が……。
 あたしを逞しい胸に抱きしめ、右肩にある小さな黒子(ほくろ)に口づけた。

 その行為に、思わず目を見開く。
 同じような光景が……。
 ふと脳裏を過ぎる。

 トクントクンと鼓動が音を鳴らす。

「紅、名を変え身分を偽り女に戻るのだ。わしの側室となり子をなせ」

 あたしは信長に背を向け、起き上がる。
 ほどけた晒しを乳房に巻き、ふくよかな胸を隠し、打ち身の手当てをし、半着を身につけた。

「俺は側室にはなりませぬ」

「強情なやつめ。ならば、わしの近習(きんじゅ)として仕えよ」

「……それは」

「男の姿で構わぬ。これは命令だ。帰蝶の護衛の任は、たった今解いた。わしの命令に背くことは許さぬ。よいな」

「……わかりました。殿、このことは……どうか内密に」

 あたし達は身支度を整え、何事もなかったかのように帰蝶の待つ部屋へと向かう。

 廊下を歩く数分間に、乱れた息を整え、火照る肌を鎮めた。

 信長と共に戻ったあたしを、帰蝶は心配そうに見上げた。

(紅、怪我は大丈夫ですか?)

「はい」

 帰蝶の口話を読み取り、会話をするあたしに、信長は驚いていた。

 信長と一線を越えてしまったあたしは、後ろめたさから、帰蝶と目を合わせることが出来ない。

 トクトクと鼓動は早鐘のように音を鳴らし、体に流れる血さえも、あたしを責めているように思えた。