「抱いて欲しくば、もっと淫らな蝶になれ」

(……っ)

「そのような目でわしを見るな。震える女を、抱くつもりはない。今宵は紅の部屋でやすむ。帰蝶はここでやすむがよい。平手や侍女にはわしと寝所で夜を明かしたことにしろ」

 平手や侍女に嘘を吐けと……?
 それは……私への気遣い?

夜伽(よとぎ)をしたことにせぬと、平手が煩いからな。よいな」

(……はい)

 信長はそのまま寝所を出て行った。
 1人残された私は、ヘナヘナと座敷にへたり込む。

 張り詰めていた緊張がほどけ、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 暴君と恐れられている信長の本心が……。
 私には理解出来ない。

 信長は……。
 本当は優しい人なのだろうか。

 灯籠の灯りが、信長が座っていた布団を朧気に照らす。布団の上に並ぶ二つの枕が偽りの夫婦であることを示している。

 信長の真意は計り知れないが、信長の指示に逆らえばどうなるかわからない。

 信長の言うとおり……。
 私達が夫婦の営みをすませたことにすれば、全てが円満に収まる。

 子供が出来なくても、それは私に問題があることにすればよいだけの話。

 震える体を両手で抱きしめ、私は一人で夜を明かした。