「御殿様、こんな夜更けにどうなさいましたか?」

「その方、多恵と申したな。帰蝶はどうしたのだ」

「帰蝶様は、ただいま湯に……」

「ならば帰蝶に申し伝えよ。寝所で待っておるとな」

「はい。畏まりました」

 信長が寝所で……。

 男が近付くだけで身震いする帰蝶が、信長と夜を……。

 部屋を出る信長の背中を見つめながら、何故か心がザワザワと落ち着かない。

 信長が部屋を出て数分後、帰蝶が侍女と戻ってきた。帰蝶の頬はほんのり桜色に染まり、湯上がりの肌は艶っぽい。

「帰蝶様、御殿様が寝所でお待ちです。寝間のお支度を……」

 帰蝶の目は明らかに動揺している。
 桜色の唇は微かに震えている。
 その様子に思わず口を挟んだ。

「於濃の方様、無理をなさらずともよいのでは?」

(紅殿……?)

 帰蝶は首を左右に振り、大丈夫だと言わんばかりに微笑んだ。

(もう下がってよい)

 帰蝶の口元が、確かにそう動いた。

 帰蝶は自分の気持ちを押し殺し、信長に抱かれるつもりだ。それが戦国の世に生まれた女の定め……。

「わかりました。失礼します」

 帰蝶の眼差しを背中に感じながら、あたしは部屋に戻る。

 帰蝶の眼差しを見つめていると、姉に見つめられている錯覚に陥る。

「美濃は無事でいるのだろうか。母さんは……元気でいるのかな。あたしがいなくなって、みんなホッとしているはず」

 母や姉にとって、あたしは厄介者に過ぎない。行方知れずとなりきっと清々してるだろう。

 ゆらゆらと揺れる灯籠の灯りを見つめる。

 あたしはいつまでここで、こんなことを続けなければいけないの。

 織田信長の時代は……。
 永遠に続きはしないのに。