「あの織田信長殿に、帰蝶の身代わりを輿入れさせるとは……、なんとも(おぞま)しい」

 光秀は眉をひそめ、怪訝な顔で小見の方を見た。

「これもお家を守る為じゃ。光秀、この者を陰で支えてはくれぬか。信長のことじゃ、すぐに見破るやもしれぬ」

「この光秀に、虚偽の片棒を担げと申されるのですか?」

「そうじゃ。そなたしか頼めぬゆえ、こうして頭を下げておるのじゃ」

 小見の方は光秀に頭を垂れた。

「叔母上様、頭を上げて下され。この者はほんに話せぬのか?」

「この者はここに来た時から、話せぬが耳は聞こえ読み書きは達者じゃ」

「美濃とやら、口がきけぬとは偽りではなかろうな」

(はい)

 私は光秀の言葉に頷いた。

「そなたは帰蝶の身代わりとなり、織田信長に嫁いでもよいのだな」

(……はい)

 私は深く頷いた。
 もう決心はついている。
 私に迷いはない。

「ならば、美濃という女は今ここで死んだと思え。そなたは斎藤道三と小見の方の姫君、帰蝶として生きるのだ。万が一、斎藤道三を裏切ることあらば、この光秀が叩き斬る」

 私は三つ指をつき、光秀に頭を垂れ平伏す。

(どうせ一度は死んだ身。裏切ったりはしません)

「織田信長はうつけと呼ばれておるがカンの鋭い男だ。命懸けで臨まねばなるまい」

(はい)

 私は光秀の言葉に頷いた。

「叔母上様、わかり申した。尾張国の織田信長には、帰蝶は病により声を失ったと伝えましょう。織田家も斎藤家との和睦を望んでおるはず。声は出せなくとも、この器量。織田信長も文句はあるまい」