「叔母上様、お久しぶりでございます。帰蝶の病が回復したとの(ふみ)をいただき、急ぎ駆けつけました。これは、帰蝶。もう起きておるのか」

 私は明智光秀に頭を垂れたまま、顔を上げることが出来ない。

 小見の方はお付きの者達に退室を命じ、光秀に語り掛けた。

「光秀、よう参られた。実はそなたに折り入って頼みがあるのじゃ」

「叔母上様の頼みとあらば、この光秀、喜んで引き受けましょう」

(ふみ)には詳しゅう書けなかったことじゃ……」

「何かあったのですか?」

 小見の方は私に視線を向けた。

「帰蝶、顔を上げるのじゃ」

(はい)

 私は恐る恐る顔を上げるものの、光秀と目を合わせることが出来ない。

「帰蝶、どうしたのだ? やはりまだ顔色は優れないようだが、暫く見ないうちにまた一段と美しくなられた」

 小見の方は光秀の言葉に、口元を手で隠しクスリと笑う。

「光秀は幼き頃より帰蝶を見ておるにも拘わらず、この者を帰蝶と見紛うとはのう」

「叔母上様、それはどういう意味でございますか?」

「この者は帰蝶ではない。帰蝶はまだ病に伏せておる。病は日増しに悪化するばかり、よくなる兆しはないのじゃ。尾張国の織田家と和睦が成立し、嫡男の信長と婚儀が整ったばかり。いまさら破談にするわけにもゆかず、どうしたものかと頭を悩ませておった。そこに現れたのが、この美濃(みの)じゃ。この者は口がきけず、何処から来たのか素性もわからぬ。帰蝶によく似た容姿ゆえ、帰蝶の身代わりに織田信長に嫁ぐことにあいなった」

「……なんと。この者を帰蝶の身代わりとな!?」

「そうじゃ。家臣も侍女も誰一人身代わりとは気づいておらぬ。そなたもわらわが言わねば気付かなかったであろう」