「そなたには忍びをつけまする。そなたの行動は常に見張られているのです。殿を裏切るような行いをし、他者に(ふみ)をしたためることは禁ずる。逃げ出せば命はないと思いなされ。帰蝶よ、今宵はゆっくり眠るがよい」

(……はい)

 小見の方が退室されたあと、部屋に残され灯籠の灯りをぼんやりと見つめた。

 天井裏でガタンと音がし、すでに忍びが潜んでいることを知る。私の行動は全て忍びに見張られている。逃げ出すことも自殺することも許されないのだ。

 ゆらゆらと室内を照らす朧気な灯り。
 フラッシュバックのように、あの事件が脳裏に蘇り体が震えた。

 ――私は……。
 紗紅を捜すために車に乗り、見知らぬ男に暴行され、恐怖から過呼吸となり、意識を手放し言葉を失った。

 男達に、体だけではなく心もズタズタに斬り裂かれた。

 あの時……。
 私は死を覚悟した。

 もしも……。
 現世で生きていたとしても、私はいずれ死を選択しただろう。

 どちらにしろ、私は死んでいたのだ。
 一度死んだ身ならば、辛い現実と向き合わなければならない現世には戻りたくない。

 それならば……。
 この世で生きる方がいい。

 私は斎藤美濃の名を捨て、帰蝶としてこの戦国の世で生きる。

 病に伏した帰蝶の身代わりとなり、織田信長に嫁ぐ。

 織田信長が私の素性を見抜き、帰蝶の身代わりだと悟れば、私だけではなく斎藤道三も小見の方も無事ではすまないだろう。

 歴史の本に書かれていた織田信長は気性も荒く、(いくさ)となれば容赦なくこの城に火を放ち、斎藤家滅亡を謀るだろう。

 そうなれば……。
 病に伏す帰蝶もその対象となる。

 今の私には、死ぬことは怖くない。
 生きていくことの方が怖い。

 だけど……。
 私の失態で、懸命に病と闘っている帰蝶を、死に追いやるわけにはいかない。

 灯籠の火を吹き消し、布団に入った私は、覚悟を決め静かに目を閉じた。

 (まむし)と呼ばれた斎藤道三の娘として、生まれ変わるために。