「バカバカしい」

 あたし、なに考えてんだろう。
 そんなこと、あるはずはないのに。

 本棚に本を突っ込み、バッグを掴む。
 今にも崩れ落ちそうな錆び付いた階段を駆け下りた。

「社長さん、お待たせしました。病院にご案内します。バイクのあとを着いてきて下さい」

「いざ、出陣でござるな」

 あたしは首を傾げる。
 その口調に聞き覚えがあったからだ。
 若い頃の徳川家康は夢の中で見たことはあるが、まさか……ね。

(まさ)、運転頼む」

 社長は軽トラックの助手席に乗り込む。運転手は信也の同僚で、名札には浅井と書かれていた。

 あの人が浅井さんなんだ。

 本で読んだ戦国武将の浅井長政(あざいながまさ)は、織田信長の妹お市の方を継室とし、茶々、初、江の3人の姫君を授かったが、織田軍により小谷城は陥落し自害した。

 夢の中で、小谷城からお市の方と3人の姫君を救い出したのは羽柴秀吉(豊臣秀吉)だった。

 秀吉に命を救われた“茶々は、のちに秀吉の側室となり、初は京極高次正室となり、江は徳川秀忠の継室となった。”

 信也から借りた本で読んだだけなのに、その時の様子を、まるで目にしたかのように、脳裏に浮かんだ。

 ――バイクで先導し、病院に到着。
 社長と共に入院病棟に向かい、病室に入ると信也の姿はなく、ナースステーションは騒然としていた。

「……あの、織田さんは?」

「斎藤さん、織田さんが居なくなったの。院内を捜したのだけど、何処にも居ないのよ。心当たりはないですか?」

 心当たり……?

「もう少し記憶が戻るまで入院していただく予定だったのに。困ったわね。まだ体も万全ではないし、今月の入院費の精算もまだなのに……」

「入院費なら、わしが払いますよ。わしは信也の保証人じゃ。信也なら、心配はいらん」

 社長はあたしを見て微笑む。

「お嬢さんは信也を捜して下され」

「はい。社長さん、あとは宜しくお願いします」

 信也が何処に行ったのか、見当もつかない。

 ――記憶障害の信也が……。
 行きそうな場所は……?

 ――失った記憶を……。
 取り戻せる場所……!

 あたしは病院を飛び出し、バイクに跨がる。エンジンを吹かし、猛スピードである場所に向かった。