【美濃side】

『美濃』

 紅に名前を呼ばれ、抱いていた疑念が晴れる。

 ――やはり紅は紗紅なのだ。

 男と偽り男装している理由はわからないが、私達は同時に現世から戦国時代にタイムスリップした。

 紗紅は尾張国の信長の元に落ち、私は美濃国の斎藤道三の元に落ちた。

 帰蝶の身代わりになる前に、紗紅に出逢えていたなら、2人でひっそりと暮らすことも出来たのに。

 過去に戻りやり直すことも、今さら自分が美濃だと名乗ることも出来ない。

 本物の帰蝶はすでに病で亡くなってしまったのだから。

 ――紗紅……。
 あなたに真実を告げ、あなたを抱き締めることが出来たなら、どんなに心強かったでしょう。

 でも、私は……。

(わらわは美濃国の出ですが、それが何か……?)

 私は心を鬼にして、紗紅に嘘を吐いた。
 嘘を吐くことが苦手な私の、初めての嘘。

『於濃の方様は声だけではなく、幼少のご記憶を無くされたのではございませぬか?』

 紗紅はまだ疑っている。

 ――だめよ、紗紅。
 それ以上、深入りしてはだめ。

(幼少とな? 病にて声は無くしましたが、わらわは斎藤道三の娘、帰蝶です)

 記憶は無くしていない。
 紗紅のことも、母のことも、はっきり覚えている。

 ――もし、信長に……。
 私が帰蝶の身代わりで、紗紅と血の繋がった姉妹だと知れたら、信長にどんな仕打ちを受けるかわからない。

 ――だからね、紗紅……。

 名乗り合えなくても……。
 天涯孤独なこの時代に、紗紅とずっと一緒にいられたことを、これからもずっと一緒にいられることを、私は心の中で神に感謝したの。