連音さんは私とバッチリ目があったはずなのに、クルッと背中を向けて帰っていく。
 しかも鼻歌交じりに、なんだか楽しそうに。
 裏切ったな薄情者!
 「何で答えないんだ‥‥‥?」
 ひぃぃ、香くんの頭に角が生えている‥‥‥!!
 「え、えっと‥‥‥龍羽に頼まれて、瀬戸悠理を起こしに行って‥‥‥。で、何故か抱き枕にされて‥‥‥」
 そうだ、私は何も悪くない。
 悪いのは全て瀬戸悠理なんだ。
 そこまで聞くと香くんは溜め息をついて、静かに近づいて来る。
 殴られる‥‥‥!?
 身構えると、香くんは私の横の瀬戸悠理の首ねっこを掴んで、また、寝室に消えていった。
 ‥‥‥怖かったあぁぁぁあ!
 寿命が何年か縮んだよ。
 安堵したのも束の間。
 隣の部屋から怒号が聞こえてきた。
 ‥‥‥ちょっと瀬戸悠理に同情する。

 笑い転げる連音さんが迎えにきて、私は初めてスタジオに足を踏み入れた。
 「これが今日のセットね」
 「え‥‥‥‥‥‥」
 私はそれを見て絶句した。
 「どうしたの?」
 「なんでベッド‥‥‥」
 ベッドがセットってこと‥‥‥!?
 え、どういうこと!?
 いきなり逃げたいんだが。
 「ベッドは僕の実家から今日の撮影のために運んだんだ」
 全く望んでいない類の答えが返ってきた。
 「はいはい撮影始めるよ〜」
 その一言で私の初めての仕事が始まった。
 

 「う〜ん‥‥‥」
 「すみません‥‥‥」
 いつもなんかふざけたような態度の連音さんだけど。
 撮影が始まった途端に雰囲気が変わって、真剣な表情になった。
 その顔で、いかに連音さんがこの仕事が好きか、そして誇りを持っているか伝わってくる。
 そんな連音さんに申し訳なくなるくらい、私はひとつもokを出せていなかった。
 「表情がちょっと硬いかも。初めてで緊張してると思うけど、リラックスリラックス」
 わかってるんだけどね?
 やっぱり緊張で顔がこわばる。
 「真紘〜!頑張れ〜!」
 連音さんの後ろで龍羽が小さな声で応援している。
 うう、本当に申し訳ない‥‥‥。
 微妙なそんな空気が漂いかけたその時。
 ガチャ。
 その短い音が響いた。
 続いて聞こえてきた声は。
 「あれ、真紘髪くくってる」
 そんな呑気なことを言ってる。
 「今撮影中?」
 「悠理、そうに決まってるだろ」
 龍羽は呆れながら瀬戸悠理に言葉を返す。