虹原の後ろに隠れるように立っていた男子社員を、虹原が前面に押し出す。

「彼は俺の後任の日向陽君だ。まだ二十三歳の新人だから、お手柔らかにね」

「日向陽です。宜しくお願いします」

 日向は大きな声で挨拶し、私達に深々と頭を下げた。陽乃は彼の容姿を上から下まで目視でチェックする。

「日向さんは大阪支店からの異動だよね?まだ二十三歳なんだ。私は秘書課の花柳陽乃。このテーブルのメンバーは私の同期。雨宮柚葉は日向さんと同じ総務部だから」

 日向が《《あの高校生》》ではないかと微かな疑念を抱いていたが、その疑念は彼の一言で吹き飛んだ。

「雨宮さん、初めまして。総務部経理財務課に配属されることになった日向です。宜しくお願いします」

「雨宮です。宜しくお願いします」

 やはり別人だ。
 私を見ても、私の名前を聞いても、日向は全く動じない。

 虹原は「行くぞ」と日向に声を掛けた。社員の前では面倒見のいい善き先輩、本当の虹原は感情の起伏が激しく、別の一面もあるのに、左遷されても、社内では好感度があり将来有望な社員。

 左遷という汚名は、虹原ならすぐにはね飛ばしてしまうだろう。

 別れた男の将来が気になるなんて、私もどうかしてる。虹原は私のことなんて、もう眼中にないのに。

 総務部の男子社員が食堂を立ち去ったあと、陽乃が徐に視線を戻し私に微笑み掛ける。

「虹原さんもしたたかな男ね。柚葉の前であんなに堂々と出来るなんて。別れて正解だよ。それに引き換え、日向さんは若くてピチピチしててウブでいいわね。まだ二十三だって。年下君は食べちゃいたいくらい可愛いわね。結婚相手としては不適合だけど、ペットにするならネコ科の年下君もいいかもね。スリスリされたら、いい子、いい子、って抱きしめたくなっちゃう」

「ペットって。陽乃、いい加減にしなよ。可愛いペットにも野生本能があるんだから、純な心を弄ぶと噛みつかれても知らないからね」

「やだな、美空。弄ぶだなんて下品。でも、日向さんになら噛みつかれてみたいかも。彼はネコ科ね、いい目してる」

 陽乃は妖艶な笑みを浮かべ、日向の背中を見つめた。その危険な視線に、何故か心中穏やかではない。

 日向があの高校生ではないと判明したのに、私の過去を知る『日向陽』と同姓同名というだけで、こんなにも動揺している。