「私……」

 日向は突然エレベーターの中で、私を抱き締めた。

「そんなに俺が嫌いですか?高校生の時に無礼な振る舞いをしたことは、深くお詫びします」

「そんなこと……。今さら謝られても……」

「過去の日向陽はもういません。今の俺を見て下さい」

 過去の自分はもういないと言い切る日向に、とても違和感を抱いた。

「日向さんは自分を偽っている。無理して自分を変えようとしている。それでも嘘をついていないと言えるの?」

「過去を忘れたい。それはいけないことですか?」

「私は日向さんのご両親のこと好きだったよ。お二人とも人情味に溢れ、子供のことを真剣に考えていた。そんなご両親を忘れてしまうの?」

「……何も知らないくせに、俺に過去を思い出せというのか」

 淡々と語っていた日向の語気が強まる。

 日向の抱えている心の闇は、私が考えていたよりも、ずっと深くずっと重いものだと知る。

「両親の墓参りすら、俺はしていない。俺がどんな思いで生きてきたか、あなたにはわからない」

 その深い哀しみに、胸が痛む。

 日向は私を抱き締めていた手をほどいた。その苦悩に満ちた表情に、気持ちが揺らいだ。

 日向を放っておけない。
 そんな気持ちが自然とわき起こり、私は日向の手をそっと握っていた。

「……雨宮さん」

「両親の前で言ったことは、満更嘘ではないわ。私もあの夜から、日向さんのことがずっと気になっていた。結婚前提とか、今は考えられないけど。私、日向さんと付き合ってもいいよ。その代わり、次のお休みにご両親のお墓参りに行きませんか?」

「両親の墓参り……」

「はい」

 日向の想いに、初めて素直に応じることが出来た。ご両親の墓前に、日向と一緒に行きたいと思ったのは本心だ。

 そうすれば……
 日向の心の闇を、晴らすことが出来るのかもしれない。