「……わかった。トレイを下げて、珈琲をもらってくる」

 俺は彼女の腕を離す。

 彼女はトレイを下げ、おばちゃんと談笑し珈琲を持って席に戻って来た。

 食堂にいた数名の社員も食事を終え、食堂を出る。

 食堂に残ったのは、俺達二人だけ。

「俺はいい加減な気持ちで雨宮さんと過ごしたわけではありません」

「日向さん……。それなら社内での言動はわきまえて」

「すみません。今日のことは猛省しています。山川さんにも忠告されました」

「山川さんに?そう……。私達のことは社内で噂になっているからね」

「全部俺の責任です」

「違うわ。優柔不断な私の責任よ。私、木崎さんに逢って、ちゃんとお詫びするつもりです。日向さん、同じ部署の社員として、毎日顔を合わせることになりますが、どうか……私のことはもう忘れて下さい」

「雨宮さん……」

「日向さんは同じ部署の同僚。それ以上の感情はない。……迷惑なのよ。お先に失礼します」

 彼女は笑みを浮かべ、スッと席を立つ。

 迷惑だと言われ、俺は返す言葉もなかった。



 ――翌朝、彼女はいつもの席で朝食を食べていた。

 俺は彼女と同じテーブルに着くことは出来なかった。

「おばちゃん、美味しかった。ご馳走さまでした。五年間ありがとうございました」

「本当に引っ越しちゃうんだね。寂しくなるね」

「引っ越しは両親に任せてあるので、立ち会うことは出来ないけど、色々お世話になりました」

「こちらこそ、お世話になりました。ご両親の元から嫁ぐのが一番の親孝行だよ。楽しみにしてるからね」

「やだ。そんなんじゃないよ。おばちゃん、行ってきます」

「行ってらっしゃい。また時々ご飯食べにおいで。特別にサービスするから」

「ありがとう」

 彼女は笑顔で食堂を出る。

 食堂には吉倉の姿を含め、入寮している殆どの社員が食事をしていた。

 彼女を追い掛けたい。
 でも追い掛けてどうする……。

 彼女は昨日『迷惑』だとはっきり言ったんだ。

 俺はいつまでたってもガキだな。高校生の頃と、ちっとも変わらない。

 食堂の窓から、外を見る。
 寮を出る彼女の後ろ姿が見えた。

「日向さんおはようございます」

「吉倉さん、おはよう」

「同期会、来週の木曜日午後七時、渋谷のマリエージュにしようと思ってるの。お料理はバイキングだし、ドリンクも飲み放題だから。それに当日は店休日だから、営業店勤務の同期も参加出来るでしょう。
 勝手に決めてごめんなさい。男性の参加人数だけ知らせて欲しいの」

「いや、こちらこそごめん。幹事なのに全部押し付けて。男性社員には俺から連絡するよ」

 吉倉は外に視線を向け、彼女の姿を目視し、他の席に着いた。