【陽side】

 シャワールームから出ると、彼女の姿はそこにはなかった。

 白いバスタオルを腰に巻いたまま、ベッドに腰を下ろす。

 乱れていたシーツは、まるでベッドメーキングを施されたように、綺麗に整えられていた。

 ベッドの横に設置された電話の横には『先に帰ります』と、一枚のメモ用紙。彼女の綺麗な文字が並ぶ。

「雨宮さんらしいな」

 一緒に朝を迎えたいと思っていたのに、先に寮に戻るなんて……。

 スーツの上着のポケットから、煙草を取り出し口にくわえる。

 ライターで火を点け、フーッと息を吐き出す。

 銀座のプレミアム・ゴールドホテルで男性と一緒にいた彼女を、俺は拐って逃げようとした。

 衝動的に頭より体が勝手に動いてしまったんだ。

 彼女のことは何も知らない。知っているのは職場での真面目な彼女と、過去に出逢った大学生の頃の彼女……。

 俺は彼女に、自分の想いを押し付けたに過ぎないのか……。

 いや、彼女を強引に抱いたわけじゃない。彼女も同意の上でここに来たはず……。

「どうして先に帰るんだよ」

 少し苛立った俺は、灰皿に煙草を捻り潰す。

 彼女は真っ直ぐ寮に戻ったのだろうか……。それとも……。

 ふと不安になり、身支度を整え急ぎ寮に戻った。女子寮を見上げ、彼女の部屋の電気が点いていることを確認し、ホッと安堵した。

 ――俺達が過ごした夜……。
 彼女にとっては割り切った大人の関係だったのかもしれない。でも、俺にとっては軽はずみな行動ではなかったということを、彼女に伝えたい。

 だが獣のように突っ走るだけでは、彼女はきっと逃げてしまうだろう。

 俺はあの頃とは違う。本気で彼女のことを想っている。それを彼女にわかってもらわないと、この想いは永遠に彼女には伝わらない。