忘れたくて、リセットした記憶が……
 生々しく甦る。

 私は高校生の日向に……
 唇を奪われた。

 あの時のキスは……
 乱暴な態度をとっていたのに、優しいキスだった。

――『川と海で生息する魚が、何処かで合流したら、それも運命かもな』

 日向は私にそう言ったんだ。

――『あんたと俺の赤い糸、もう絡まってるかも』

 そんなバカみたいな言葉を、確かに囁いた。

 日向はとっくに気付いていたんだ……。

 私があの時の家庭教師だということを。

 だから……
 あの雨の日、私の部屋に押しかけキスをした。

 トクトクと鼓動が速まり、いたたまれなくなる。

「……ごちそうさまでした」

 持っていた缶ビールをバルコニーに置き立ち上がる。

「俺から逃げんの?あの時みたいに」

 姿は見えない。
 少し乱暴な口調が、私を過去に引きずり戻す。

 日向と小暮の顔が交互に浮かんだ。

 室内に入り窓を閉め、一気にレースのカーテンを閉めた。ビールの缶がポツンとバルコニーに残されている。

 日向は私に何がしたいの?
 私との過去をネタに、私を脅したいの?

 フローリングの床にペタンと腰を落とす。

 爽やかな笑顔の下に、獅子《ライオン》の本性が隠されている。

 ブーブーと携帯電話がバイブ音を鳴らし、ビクッとした。

 携帯電話の画面を見ると……
 木崎だった。

 過去に背を向けるために、私は携帯電話を手に取る。一度は日向の甘い言葉とキスに気持ちは揺れた。

 でもそれは……
 日向が私のことを覚えていないと思っていたから。

 ブーブ―……
 ブーブ――……

「はい。雨宮です」

『雨宮さん、こんばんは。木崎です。夜分にすみません。風邪で長期休暇を取られていたと聞いて、心配で心配で……。風邪は万病のもとといいますからね。安静が一番ですよ。もう仕事復帰して大丈夫ですか?』

 医師らしいセリフに、思わず口元が緩む。