ぜんぶ、しらないふり。






日野くんがおもむろに立ち上がり、机から大量のプリントを移動する。目の前に重なっていく紙切れに、すでに心が折れそうだった。



「これ、ぜんぶ印鑑押してって。あ、印鑑これね」

「わかった」




私に指示を出した日野くんは、私とは別の仕事をするらしく、再び向かいの席に座って「終わったら教えて」とだけ言われた。




「日野くん」

「ん」


お互い黙々と作業を始めて数分。
ふと気になることがあったので、私は彼の名前を呼んだ。




「そういえば北村くんは?」



北村くんがくる気配がない。

片岡くんは、ここで以前会話を盗み聞きしたときに「仕事をしない」と聞いてしまったのでいなくても別に気にならないけれど、会長である北村くんが来ないのはなんとなく不思議だった。