檜は好物のハンバーグを口にし、うまっ、と表情を崩した。

 檜の言う“ハコ”とはライブハウスの事らしい。以前対バンというものを行ったライブハウスではなく、もっと大きな、それこそ業界人に存在をアピール出来る、有名なライブハウスらしい。

 いよいよなんだな、と思った。

 檜がそこであれよあれよと知名度を上げ、デビューする機会が目前に迫っている。

「幸子? どうした?」

「……あ。ううん」

 あたしの様子を訝る彼に、何でもないと言って首を振る。

 あたしは再度箸を進め、付け合わせのサラダを口にした。

 ーーデビューして欲しくない、なんて。今さらそんな事言えない。

 檜の子供の頃からの夢を、反対なんか出来ない。

 あたしは彼を一瞥し、会話を続けた。

「……忙しくなりそうって。どれぐらい?」

「うん? どういう意味?」

「だって。今でも充分忙しそうじゃない?」

 うーん、と。檜は首を傾げた。

「まぁ、バイトとかは個人的なものだからしょうがないとして。デビューに向けての努力だったらまだまだだよ」

「……ふぅん」

 ーーそのまだまだに、あたしは不満を抱えているのに。

 いっそのこと、バイトだけでも辞めてくれないかな。