「古代ギリシャの哲学者、プルタークの名言だよ」

「はぁ。て言うか、そんな当たり前な顔して言われても、普通知らないですよ?」

「ハハっ、そうか?」

 過去の荷を語る、重々しい表情から一転して、彼は彼らしく無邪気に笑った。

 そしてまた真面目な目つきで、二の句を継ぐ。

「本気の恋ってものには。早々出会えるもんじゃない」

 知らず知らず、僕は胸の内が熱くなるのを感じた。

 くすぶっていた黒い(すす)に再び炎が宿るように、狂おしく彼女を求めていた。

 僕はグッと奥歯を噛みしめた。

「想い続けるも諦めるも檜の自由。でもさっきの話からすると、その彼女もどっかまだ曖昧みたいだし。
 現時点で()()()って言い切るなら……檜も開き直って踏ん切りがつくとこまで押してみればいい。
 俺はその方が素直で良いと思う」

 ーー押してみる?

 まだ飲んでいないグラスに視線を注いだ。

 幸子が好んで飲んでいた、梅酒のロック。

 よく丸い氷を、細い指先でカラカラと回し、微笑を浮かべていた。

「何もしないで後悔するより、たとえ失敗してもやって後悔する方がいいんだ」

「そう、ですよね」

 グラスを手に、僕は口元を緩めた。