◇ 日記9

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 檜と実家へ帰ってから数日後。彼が芸能界入りする事を知らされた。

 おめでとう、良かったね、と。

 嬉々として電話越しに伝える事は出来ても、やはり内心では大手を振って喜べない自分がいた。

 遂に檜が芸能界という、かけ離れた世界へ入ってしまう。

 今の関係を続ける事すら困難になる様な、手の届かない存在になる。

 彼の話によると、世間にCDとして出回るのが来年の二月か三月頃で、大々的に雑誌やラジオ、テレビなどのメディアを使って売り出すのが三月から四月頃だそうだ。

 つまり、来年の春にはデビューが確定している。

 そんな予定が組まれた上で、果たして同棲なんて出来るだろうか?

 到底、叶わぬ夢と諦めるしかないだろう。

 そして、檜にとって長年の夢が叶う兆しを聞いてから、更に二週間を重ねていた。

 ソファーの背にもたれながら、あたしは紅茶の入ったカップを傾けた。

 朝から掃除や洗濯といった家事を済ませ、今はマンションの部屋でひと息ついているところだ。

 受験生の担任を受け持っているので、ここの所忙しく、平日はもちろん、休日も仕事に関して時間を割く事は少なくなかった。