「お父さん。お母さんは檜にじゃなくて、あたしに怒ってるんでしょ?」
「……多分ね」
母の怒りの原因が分かっているだけに、父はやんわりと微笑んだ。
母は学歴や職種、しいては家柄にこだわる人で、誰よりもあたしの結婚を楽しみにしている。
元カレの圭介と結婚するはずだったあたしに、恐らくは裏切られた気分なのだろう。
母は圭介の事を心底気に入っていた。なので、結婚はいつになるの、と急かされる事もあったし、そのプレッシャーがきっと圭介にも伝わっていたと思う。
「……檜くん」
不意に父が檜に話し掛けた。
「家内の代わりに、私から訊かせて貰うけど。いいかな?」
「あ、はい」
ーー何だろう?
あたしは手にした湯のみから目を上げた。
「幸子も今年で二十六だろう? 数えたら八つも歳の差がある。
娘のどこを、そんなに気に入ってくれたんだい?」
どこ、と呟き、檜はあたしを横目に捉えた。
「……うまく言えないんですけど。幸子さんと一緒にいると、それだけで幸せなんです。
うんと歳の差もあって、彼女に比べたら、僕なんてまだまだ子供なんですけど。そういうプレッシャーを全然感じさせないって言うか。
その、僕を。対等に見てくれているのが分かるので」
あたしは瞬きを忘れ、真面目に話す檜の横顔を、一心に見つめていた。



