◇ ♀
「ありがとうございましたー」
あたしは出入り口を抜けるお客さんの背中を、虚ろな目で見送った。
心ここにあらずの状態で、物憂い吐息がもれる。
「どうしたの~? 幸子ちゃん」
「え……?」
奥の厨房から出て来るのはお弁当屋さんの奥さんで、あたしはふと我に返る。
「今日は朝からずーっとぼんやりしてるわよ?」
「え。そう、ですか?」
決まりが悪く、あたしは「すみません」と言って頭を下げた。
しかし奥さんに差ほど気にした様子は見られず、ううん、と朗らかな笑みを向けられた。
「幸せボケかしら?」
「え?」
「挙式。もう今年だものね~」
言いながら彼女は目を細め、どこか遠くを見つめる。
「結婚間近の‘今’が。一番幸せな時期よね~」
奥さんの瞳は純粋で無垢な少女のそれで、不意にあたしは居たたまれなさを感じた。
場の空気を察し、そうですね、と頬にえくぼを浮かべ同意する。
今朝から頭の中を占め、あたしを上の空にしていた原因は、勿論、婚約者の慎ちゃんではない。
昨年の、檜と交わったあの一夜が、何度となく頭の中にリピートされ、日に日にある欲求が膨らんでいく。
あの夜。
ベッドの中での彼を思い出すと、女である部分がキュンと疼いて再びあの快楽に身を沈めたいと思ってしまう。
「ありがとうございましたー」
あたしは出入り口を抜けるお客さんの背中を、虚ろな目で見送った。
心ここにあらずの状態で、物憂い吐息がもれる。
「どうしたの~? 幸子ちゃん」
「え……?」
奥の厨房から出て来るのはお弁当屋さんの奥さんで、あたしはふと我に返る。
「今日は朝からずーっとぼんやりしてるわよ?」
「え。そう、ですか?」
決まりが悪く、あたしは「すみません」と言って頭を下げた。
しかし奥さんに差ほど気にした様子は見られず、ううん、と朗らかな笑みを向けられた。
「幸せボケかしら?」
「え?」
「挙式。もう今年だものね~」
言いながら彼女は目を細め、どこか遠くを見つめる。
「結婚間近の‘今’が。一番幸せな時期よね~」
奥さんの瞳は純粋で無垢な少女のそれで、不意にあたしは居たたまれなさを感じた。
場の空気を察し、そうですね、と頬にえくぼを浮かべ同意する。
今朝から頭の中を占め、あたしを上の空にしていた原因は、勿論、婚約者の慎ちゃんではない。
昨年の、檜と交わったあの一夜が、何度となく頭の中にリピートされ、日に日にある欲求が膨らんでいく。
あの夜。
ベッドの中での彼を思い出すと、女である部分がキュンと疼いて再びあの快楽に身を沈めたいと思ってしまう。



