でも。愛する事は、こんな中途半端な感情じゃないんだ。

 僕が茜にしている事は、残酷で最低な行為。

 過去、同じ過ちで奈々を泣かせたのに、また繰り返している。

 そんな自分に気付くたびに思う。これからもう一生、僕は誰も愛せないだろう、と。

 心の奥底に、息を潜めて居座り続ける幸子を追い出さない限り、きっと本気の恋愛には辿り着けない。

 ただうわべだけの笑みと言葉を並べ、求められるがままに女を抱くだけ……。


 鍵が閉まるのを確認し、足元に吐息を落とした。

 再び寝室へ行き、僕はクローゼットを見つめる。

 開けっ放しになったそこから、先ほど見つけた物を引っ張り出した。

 過去に使っていた、黒い薄型の携帯電話だ。

 試しに電源を入れようとしたが、当然の事ながらつかない。

 一緒に出てきた充電器を差し、コンセントへ繋いでみた。

 多分自分の記憶が正しければ、解約するのを忘れ、そのまま放置していたはずだ。

 毎月基本料金が口座から落ちていた訳だが、まぁいいかと思う事にした。

 ミュージシャンとして活躍する様になってから、マネージャーの竹ちゃんに、この携帯の解約を勧められた。

 本当に信用出来る知人なら関係を切る必要は無いが、携帯番号やメールアドレスは貴重な個人情報。

 ネットで売られる恐れもある。そういった理由からだ。

 僕はベッド脇に落ちたパーカーを拾い、袖を通した。

 そろそろいいかな、と床に置いたそれをおもむろに持ち上げる。

 ベッドに腰を下ろし、僅かに充電のたまった携帯を数年ぶりに起動させた。

 何の変哲もない待ち受け画面を注視し、アンテナが立っているのを見て、やっぱりと思った。ちょうどその時だった。

 嘆息すると同時に、手の中の携帯が突如音を鳴らした。