ボーダーライン。Neo【上】

 幸子はぼんやりと天井を見上げ、遠い目をする。

「有るよ」

 そう言って僕は目を細めた。

「じゃあ、例えば? 檜は有名なアーティストで。デートするにも制限が有るじゃない?」

 無言で一拍置き、「もう忘れた?」と聞き返す。

 幸子は丸い瞳を瞬いた。

「……ロンドン」

「ロンドン??」

 オウム返しに訊くあどけない表情に、眉が下がる。

「そう。あの場所で、教師だった幸子の立場を。……俺は忘れられた」

 不意に睡魔に襲われ、欠伸を漏らした。連日の寝不足と、幸子を抱いた達成感で体は疲弊しきっていた。

「眠たかったら、先に寝ていいよ?」

「いや、大丈夫」

 続けて、それに、と言い、彼女を腕の中に閉じ込めた。

「……眠ったら。また幸子がどこかへ行きそうで、怖い」

 ぎゅっと抱きすくめると、幸子は息をつき、「何処にも行かないよ?」と囁いた。

「明日、行こう? ロンドンに」

 現実的では無い約束だが、幸子が望むなら叶えるつもりだった。芸能界での立場とか、そんな物はどうだっていい。

 もう幸子の亡霊を想い続けるのは懲り懲りだ。

 いっその事、今の彼氏と別れてずっと側にいてくれればいいのに、と。そう願っていた。