◇ ♂

 部屋に入るとまず、暖房をつけた。この部屋に幸子が来ると思うと、変にそわそわし、リビングと寝室をぐるりと一周した。

 とりあえず、一旦落ち着こう。僕は立ち止まり、ひとつ、大きく深呼吸をした。

 まずは着替えようと思った。時計を確認する。彼女が来るまで、あと七分。

 急いでクローゼットを開け、スーツを脱いだ。いつもなら、きちんとハンガーに掛けて仕舞うのだが、それをしていたら間に合わない。スーツの一式をずぼらに押し込んだまま、扉を閉めた。

 慌てて、スウェットのズボンを履き、V字に開いたグレーのカットソーを着る。

 また時計を確認する。丁度十分が経過していると知り、玄関の方を見に行く。

 まだ彼女が来た様子はない。

 ーーそれもそうか。

 きっと今は、エレベーターで昇っているところなのだろう。

 僕は息を吐き、キッチンでお湯を沸かす事にした。

 ーーコーヒーで良いかな。

 棚からマグカップを下ろし、ドリップコーヒーをセットする。

 何故だろう。妙に落ち着かない。ああ、もう、と首の裏を掻いた。自分の部屋なのにそうでないような緊張感。

 僕はため息をついた。