◇ ♂ 僕が追い付くと彼女は泣いていた。声を殺し、ただ肩だけを震わせて。 慌てて身に付けた白のコーデュロイのワンピースは、背中のファスナーがまだ三分の一ほど開いている。 片腕にコートを掛けたまま、壁に背中を預け、うずくまっていた。 とあるマンションのエレベーター前。下行きのボタンも押せず、泣き崩れたのだと想像できた。 まだそこに居てくれた、と僕は安堵していた。