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  冷えた畳は既に、あたしの座した部分だけが温もりを帯びていた。

「……まさか本当に会うなんて。思わなかったなぁ」

 日記帳の文字を指先でなぞりながら、ほんの少しの笑みを浮かべる。

 とんだ策士だと呆れて笑ったのを今でも覚えている。

 覚えているのだ。元生徒である彼、秋月 檜に関する情報なら。

 彼の生まれ育ちはイギリスのロンドンで、十二歳の頃日本へ移り住んだ帰国子女。母親はイギリス人の血が半分流れるハーフ故、檜はクォーターだ。

 FAVORITEのHinokiとして、彼は最早知名人だが、本名も誕生日も血液型も独特の空気感も寝顔も。

 檜に関する事なら、五年経つ今でもしっかりと覚えている。最早忘れられない、と言った方が正しいのかもしれない。

 本当に好きだった。

 心の底から叫び出したいほど、彼を愛していた。

 自らの真面目さや正義感という、あたしを形取る全てを見失うほどに、彼を愛し、あの頃のあたしにとっては檜が全てだった。

 盲目の恋に溺れ、結果、どうなったか。足がもつれて沈み、息が出来なくなった。

 自身の浅ましさやあざとさ、嫉妬深さといった醜態をも自覚した。自己嫌悪、というものが胸に深く刻み込まれた。