立ち去ろうとする彼の背を呼び止め、あたしは思わず口を開いた。しかしそこで一呼吸、おく。

 ーー美波と。電話、いつから……。

「先生?」

 問いは声にならず、あたしは慌ててかぶりを振った。それを聞いたら盗み聞きしたのもバレてしまう。

「あ、ううん。なんでもっ」

「……そ?」

「うん。気をつけて帰ってね?」

「あ、うん」

 踵を返した彼の背を見つめ、グッと奥歯を噛み締める。

 嫉妬だ。

 秋月くんに告白されて、舞い上がって。自分本位な都合ばかりに思い悩んでいたけれど……。秋月くんはモテるんだ。それも尋常じゃないほどに。

 今のあたしじゃ彼を受け入れられないのに、彼に近付く周りの女の子達に、あたしは既に嫉妬している。

 どうしよう。秋月くんが心変わりをしたら。そう考えたら急に不安が広がった。

 今はあたしを想ってくれているのかもしれないが、人の気持ちなんて当てにならない。

 彼の前に、とびきり美人で可愛い女の子が現れたら、きっと直ぐにその子を好きになる。

 不確定な未来を思い、眉間を歪めた。

 何て身勝手で浅ましいんだろう。つくづく自分が嫌になる。

 あたしは車に乗り込み、零れ落ちた涙を指先で拭った。



 ***