◇ 日記 1


「ひゃっ!?」

 急にガクンと体が傾いた。視界が縦にぶれ、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 体勢を大きく崩し、尻もちをつく事こそ免れたが、変な姿勢を取ったせいか足は若干痛む。

 状況を把握しようとあたしは足へ目を向けた。原因は履いていたヒールの(かかと)だった。

「……うそ」

 どうしてそうなったのか。歩いている途中、急に踵がポキンと折れたようだ。

 信じられない思いで右靴の取れたそれを見つめ、顔をしかめた。その場にしゃがみ込む。溜め息が浮かんだ。

 午前中、この春新たに赴任する高校へ行き、必要書類を受け取った。午後は時間が空いたと言う親友とランチをし、その帰り道だった。

 目の前の交差点で往来する車の波を、ぼんやりと見つめた。

 未だ冷たい春風に煽られ、白い何かの破片がチラチラと空の青に踊っている。薄いピンク色をした、桜の花びらだった。

 もう一度溜め息をつき、正面を見つめた。

 この信号を渡りきれば、コインパーキングに辿り着く。自分の赤い普通車を思い浮かべ、あと少しの辛抱か、と急に思い立った。

 いつ変わったのか、信号機が青を知らせていた。
こちらへ渡って来る人、すれ違う人の視線を不意に感じ、頬が紅潮する。