死のうと思った日、子供を拾いました。

★★

「流希さん、私今日職探ししてくるので、愁斗のことお願いしてもいいですか?」
 ドアを開けて俺の部屋に入ってから真希さんは言った。

「あ、もしかして職業安定所に行くんですか?」
 顔を拭くためのタオルをクローゼットから出してから言った。
 仕事探さないとだもんな。

「はい。あと流希さん、これお渡しするので愁斗に勉強教えるのに使ってください」
「あ、百ます計算。わかりました。割り算以外やらせたらいいんですよね?」
「はい。よかったらそのうち愁斗が解いたの見せてください」
「わかりました」
 しっかりと頷いてから、玄関で真希さんを見送った。

「愁斗」
 夏菜の部屋のドアを開けて、愁斗を呼んだ。

「何」
 あ、目開けた。起きてたのか。

「おはよ」
「……おはよう」
 びっくりするくらい声が小さかった。

「真希さんじゃなくて悪いな」
「本当にな。姉ちゃんは? 洗面所?」
 目をこすりながら愁斗は聞く。
「いや職探しをしに行った」
「あ、そっか。じゃあ俺達留守番?」

「ああ。真希さん、何の仕事するんだろうな」
「さあ。俺は夜働くのじゃないならなんでもいい。……一人で寝るのはもう嫌だ」
 だいぶ寂しかったんだな。

「一緒に寝てやろうか?」
「姉ちゃんがいい。流希、飯は?」
「これから目玉焼きと冷ややっこを作るから、それと昨日真希さんが作ってくれたご飯のあまりだな」

「ひや?」
「豆腐にかつお節と醤油をかけたやつだ」
「ふーん」

「愁斗、これ真希さんが解けって」
 百ます計算のドリルを愁斗に差し出す。

「え、姉ちゃんいつの間にこんなの買ったの!? 解ける気しないんだけど」

 ドリルをパラパラとめくりながら愁斗はぼやく。

「大丈夫だ、ちゃんと教えるから。今日はとりあえず足し算をするか。掛け算はその応用みたいなもんだから」

「うん」
 愁斗がベッドから降りた。

「流希はあんま俺のこと馬鹿にしないよな」

 フライパンの上で卵を割りながら、愁斗は言う。

「ああ。愁斗が勉強できてないのは環境のせいだし、馬鹿にしたら頭がよくなる訳でもないのにそういうことをしても、俺と愁斗の仲が悪くなるだけだからな」

「でも学校の奴らはみんな馬鹿にしたがる」

「からかわれたのか?」

 手のひらの上に豆腐を置いて、包丁で切った。

「うん。保健室で自習してたら、『それ足し算じゃん! お前こんなのも出来ねぇの?』って叫ばれた。体調不良で保健室に来てた男に」

 絶対仮病だろ。

「それいつ?」

「入学式から間もないくらい」

 じゃあ半年前くらいか。

「子供はそういうのすぐ言っちゃうからきついよな。でもま、今は流して勉強頑張っておけば、どうせそのうち愁斗よりも下に行くから」

「そういうもん??」

「そういうもん。油断してる奴ほど馬鹿を見る」

「ふーん」

 水を入れながらそう呟いて、愁斗はフライパンに蓋をした。

「愁斗、3×7」

「えっと21!」

「じゃ、3×9は?」

「3×2が6だから6足して27?」

「ああ。もう3の段は完璧だな」

 そう言いながら、俺は目玉焼きを皿に入れた。