俺が愁斗を育てる? 何でそうなった。
思いがけない提案にびっくりして、ハンカチが床に落ちた。
「ま、真希さん俺は今は誰かを育てることなんて……」
「いえ、流希さんはもう人を育てられるくらいまで回復していると思います。さっきだって愁斗にお歌を教えてくれたじゃないですか」
俺はすぐに首を振った。
俺はただ愁斗の前で歌を歌っただけだ。
「あんなのは教えたって言わないですよ。急にどうしたんですか?」
「私、昼職の仕事をしようと思ったんです。そうすれば仕事の前後で、愁斗に勉強を教えたりお話をしたりできますから。でもそれだとお昼頃に愁斗が一人になってしまうから、愁斗が学校に行くようになるまでの間だけ、流希さんが愁斗に勉強を教えたり、一緒に遊んだりしてくれないかと思いまして。厚かましいお願いなのはわかっています。それでも愁斗のために、力を貸していただけませんか?」
俺の右手を両手で握って、真希さんは懇願する。
「お仕事、本当にやめるんですか」
「はい。夜の仕事をすると、朝や昼間は眠くなってしまって、なかなか愁斗の面倒をみることができないので」
「でも真希さん、お昼頃によく買い物行ったりご飯作ったりしてますよね」
「はい。疲れてるのなんて無視して、そうしてました。でももうそんなことはしません。そんなことしても愁斗のためにも自分のためにもなりませんから」
俺のことをしっかりと見据えて、真希さんは言った。真希さんの瞳には固い意思が宿っているような気がした。
「心変わりしたんですね」
「はい。これからはきちんと周りにも頼りながら、愁斗を育てていくつもりです」
だからまずは、俺の力を借りたいってことか。
「真希さん、きっと俺は今真希さんが思っている以上にガキです。場所も状況も考えずに泣いたりしますし、さっきだって愁斗の頬を思いっきり叩きましたし。そんなやつが子供の面倒なんて見れませんよ」
「見れなくたっていいんです。だから、お願いします。せめて夏菜さんの葬式が始まるまで、愁斗のそばにいてくださいませんか?」
俺みたいないつ死ぬかわからないような奴が隣にいたって、一体なんの役に立つんだ。
「……すみません、時間をください」
「わかりました。それじゃあ明日、また答えを聞いてもいいですか?」
「はい。ありがとうございます」
俺の背中を撫でてから、真希さんは部屋を出て行った。



