死のうと思った日、子供を拾いました。

「流希、き、今日はその……色々ありがと」
 服の袖を掴まれた。頬がりんごのように赤くなっている。
 可愛いな。真希さんが急に愁斗を抱きしめていた時の気持ちがわかった。

「ああ。飲み物はもうかけないようにな」

「……わかった。もうしない」
 愁斗は首を上下に動かして、しっかりと返事をした。随分あっさり頷くんだな。

 てっきり根に持ってんじゃんって言われたり、頬を膨らませて頷かれたりするかと思っていたから、かなり驚いた。

「ん。愁斗歯磨いた?」
「あーまだ磨いてない。俺流希の家の歯磨き粉嫌い。苦い」

 子供が言いそうなことだな。

「ごめん、確かに俺の家のは苦いな。明日、いちご味のを買いに行こうか」
「絶対?」
 絶対って、どんだけ欲しいんだよ。

「ああ、約束だ」
 愁斗の小指と自分の小指をからめた。
「え、何これ」
 愁斗は指と俺の顔を交互に見つめた。

 まだ知らないのか。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
 俺は歌を歌って、指を離した。
「針ってとがってて、姉ちゃんが破れた服を直すのに使ってるやつ?」
「そ。千本飲んだら痛いだろ? だから、飲まないでいられるように約束を守れよって意味の歌」
「そうなんだ。指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
 愁斗は自分から俺の小指と小指をからめた。足踏みをしてリズムをとって、腕を揺らしながら口角を上げて歌っている。愛らしくて、胸が締め付けられた。まるで幼稚園児が初めて音楽を聴いて、歌を歌う楽しさを知った時みたいだ。

「愁斗、もっと歌教えようか。きらきら星とかおもちゃのチャチャチャとか」
「それは知ってる」
 学校に行ってなくても、その曲はわかるのか。きっと真希さんが歌ってくれたんだな。

「じゃあ翼をくださいは? この大空に翼を広げ、飛んでーいきたいよー」
 愁斗は勢いよく首を振った。
「わかんない」
「じゃあ今度、一緒に楽譜を買いに行こう」
 楽譜があれば、大学の音楽室やスタジオなどで、ピアノを使って正確な歌詞や音程を教えることができるハズだ。
「それも約束?」
 俺が頷くと、愁斗はもう一度俺と小指を絡めて『ゆびきりげんまん』と歌った。 

「俺歯磨きする」
「ん、してきな」
 俺の言葉にしっかりと頷いて、愁斗は部屋を出て行った。