死のうと思った日、子供を拾いました。


「怪我がないなら離れろ! 掃除ができなくなるから!」

 愁斗が俺と真希さんの間に割って入って、声を張りあげた。


 掃除?
 愁斗の隣には俺が学生の時から大学の清掃をしてくれていた男の人がいた。
 新太はその人に申し訳なさそうに頭を下げていた。新太が呼んでくれたのか。
「俺の不注意で仕事を増やして申し訳ありません」
 清掃員の人にきちんと頭を下げてから、新太と愁斗にも頭を下げる。清掃員の人は笑って大丈夫だと言って、ガラスの掃除をしてくれた。

「行かねぇの?」
 愁斗が首を傾げる。
 真希さんの腕を抱いて、不機嫌そうな顔で俺を見つめている。
 そうだ、五階に行かないと。

「真希さん、すみません」 
 作り笑いをしてから真希さんに近づく。

「え、なんで流希さんが謝るんですか?」
「俺が狼狽えたから、愁斗がべったりになってしまったのかと思いまして」
「ああ、大丈夫ですよ。こんな弟も可愛いですから」
 真希さんは膝を折ると、愁斗の頬にキスを落とした。

 さっきは俺を誘うような言葉を言っていたのに、今はもうそんなことを忘れたかのように弟に夢中だ。
 掴みどころがなくて、行動を予測できない人だな。夏菜もそういう人だった。だから告白された時は、とてもびっくりしたんだよな。

「真希さん、いるの俺達だけじゃないんで」
 新太が苦笑いをして真希さんに語りかける。
 清掃員の人は真希さんを見て口をあんぐりと開けていた。

「すみません」
 真希さんに続いて、清掃員の人に頭を下げる。新太が下げるのを見てから、愁斗は俺と同じように頭を下げた。
 意外だ。教養がなくてもこういうことはできるのか。

 小走りで階段を上がって、五階まで足を進める。
 廊下に足を踏み入れると、すぐに日本文学研究室のドアがあった。