死のうと思った日、子供を拾いました。


「え、だ、だって大変だっただろ。美容院行って髪を染め直したり、結婚式用の服を買ったりするの」

「はあ。確かにそういうことはしたけど、別にこれからそういう服を着ることだって何度もあるだろうし、美容院も行く予定が少し早まっただけだから問題ねぇよ」

 新太は肩を落としてため息をついた。

「問題ないわけないだろ。有給をとって結婚式に出席するって言っていたのに」
 式場の予約が埋まっていたから、結婚式は土曜日や日曜日じゃなくて平日開催になった。そのため、平日出勤が日課の新太はわざわざ有給の申請をしていた。

「はーあ。お前は本当にど真面目だな! あのなあ、そんな手間をかけたのなんて大したことじゃないんだよ! それよりも……夏菜先輩が亡くなったことの方がよっぽど大事だろ。お前、まだ生きる気あるか?」

 とても的確な言葉を選んで質問をしてくれたような気がして、心が暖かくなった。大丈夫かと聞かれたら、嘘でも新太のために大丈夫だと言ってしまう気がしたし、生きろと言われたら無理だと叫んでしまう気がしたから。

「っ、そんなのずっとない」

「そうだよな、きついよな。逃げたくなったら逃げていいからな。夏菜先輩の家族や会社の奴らがそうしたのを怒っても、俺だけは絶対に怒らないから」

 腰に腕を回されて、背中を撫でられた。

「うっ……」
 死にたいのに、死んだら夏菜が失望してしまうと考えていつまでも自殺できない俺にとって、こうして息を吸っていることは辛いことでしかない。そんな俺の心境が想像できているから、新太は逃げていいと言ってくれた。それがすごく嬉しくて、滂沱の涙が溢れた。

 いつだって新太は、俺の気持ちを優先してくれる。俺は今まで何度もそれに救われた。そして今も救われている。

 死なないでなんて言葉で自殺願望がなくなるわけがないし、夏菜以外に亡くなったら悲しいと言われたってだから何だと叫びたくなるから。流石に真希さんに面と向かってそう言う度胸はなかったし、手伝いを申し出てくれたのはとても有り難かったから、今は一時的に一緒にいるけれど。

「ありがとう。本当に、新太は最高だな」
 新太が撫でるのをやめたところで、俺は礼を言った。

「まあ、だてに親友やってないからな」
 自慢するかのように新太は腕を組んだ。

「今日は何をしにきたんだ?」
「お前の様子を見に。下手したら、ベランダから飛び降りているんじゃないかと思ったから」
「ああ、もう少し部屋の場所が高かったら死んでいたよ」
 花瓶が割れた時のことを思い出しながら言葉を紡ぐ。

「低くてよかった」
 新太は安心するかのようにため息をついた。