死のうと思った日、子供を拾いました。

 
 とんでもないことを言っているのに愁斗の瞳は全然泳いでいなくて、死ぬことに一切迷いがなさそうだった。

「真希さんがいない世界に行くのは怖くないのか。俺はずっと、夏菜がいないこの世界で生きるのが怖い」

 例えば朝、夏菜が俺を起こしてくれないのが当たり前になるのが怖い。キッチンで朝ごはんを作って俺が起きるのを待ってくれている日々がないのを実感するのが怖い。夏菜が花瓶の水を愛たり、テレビを見たりしているのを見れないと、ここは本当に家なのかと感じてしまう。

 また涙が溢れそうになった。俺ってこんなに泣き虫だったか?

「別に怖くないわけじゃない。でも俺は姉ちゃんがいない世界で生きることより、姉ちゃんがいるのに楽しくない世界で、姉ちゃんより長く生きることの方が怖い」

『あの子は私に依存しているんです。……あの子は環境のせいで、自分じゃなくて、姉の私を中心に物事を考えるようになってしまった』
 真希さんの言葉を思い出す。
 これは依存どころの話ではない。
 一緒に死ぬなんてよくない選択にも程がある。それなのに愁斗は……。

「強いな愁斗は。本当にびっくりするくらい」
 ドラマや漫画なんかではよく、人を殺した後に自害をする人がいる。愁斗はそれをしようとしているといっても決して過言ではない。それを理解した上で、姉と死ぬと言っているなら少なくも愁斗は俺の倍以上に強い。

「お前は弱いよな、大人の割に」
 背中を撫でられた。
「こういう時は優しいんだな」
「一人になる辛さがわからないわけじゃないから。まあ……」
「俺の方が不幸か? ……そうだな、確かに愁斗の方が不幸だ」
 けれど俺は知らない。胸の中にある、このどうしようもない寂しさを埋める方法を。それなのに愁斗より幸福だから笑うのなんて無理な話だ。

「愁斗!!」
「げっ」
 買い物袋を持った真希さんが公園に入ってきた。

「もう。またさぼって。学校から電話来たよ?」
 愁斗の頬をつねって、真希さんは口を尖らせる。
 またサボったことを言ってなかったのか。

「姉ちゃん、痛い」
「はあ。授業の内容がわからなかったら私が教えるから、せめて学校は行こう?」
 手を離して、真希さんはため息をついた。

「姉ちゃん、俺に勉強教える暇なんかないじゃん。いつも忙しくて」
 いかにも反抗期の子供が言いそうな言葉だな。

「確かに忙しいけど、教える時間は作れるよ」
「作んなくていい。どうせ追いつけないから」
 首を振って、愁斗は頑なに拒否った。

 投げやり感がひどいな。

「愁斗、せめて保健室登校をしたらどうだ」

「他人が父親ヅラすんな」
 確かにそうだよな。それに俺は愁斗に構う暇があったら夏菜のことをどうにかしないと。

「愁斗!!」
 真希さんの頭からツノが生えているような気がした。
「真希さん、大丈夫です。俺、今日はもう帰りますね」
 公園を出ようとしたら腕を掴まれた。

「私達の家で、ご飯食べませんか? 流希さん、食事ろくにとってないですよね」
 まさか図星をつかれるとは思っていなかったから、びっくりした。

「どうして」
「見ればわかりますよ。睡眠もあまりとってないですよね?」
 真希さんは俺の瞳の下を触った。クマがひどいのか。

 罰が悪くて、俺はつい真希さんから目を逸らした。

「このままじゃ、葬式の前に倒れちゃいますよ」
「倒れていい……いっそ、死ねたら」
 もう何度思ったかわからない言葉が出た。

「すみません、情けなくて。やっぱり俺、帰ります」
 真希さんの手をどけた。