死のうと思った日、子供を拾いました。


『流希、私はね、どんな人も助けたい。犯罪者もいじめっ子も、善人も、平等に助ける価値があると思うの。だってそこに、命があるんだから。私は目の前に困ってる人がいたら、素通りできないの』

 本当の善人なんていないと想っていた。そんな俺が、彼女こそ本当の善人なんだろうと確信した女の子。それが、夏菜だった。
 夏菜は彼女である前に、俺の恩人だった。俺は彼女がいなかったら死んでいた。間違いなく。

 俺が大学で心理学の授業を取ったのは、親のことがきっかけだった。

 俺が高校三年生の時、リーマンの父が働いていた会社が、倒産した。副社長に、会社の金を持ち逃げされたことがきっかけで。
 父は五十代半ばで突然ニート生活を余儀なくされ、仕事がないのなんて構わずにくる水道代などの生活費の請求に頭を抱える羽目になった。
 母はそんな父のため、父の会社が倒産してすぐに専業主婦を辞めて、夜の仕事をして働き始めた。だがその夜の仕事というのは、キャバクラの店員でもなければガールズバーやスナックの店員でもなく、風俗嬢だった。

 なんでよりによって、夜の仕事の中でも最底辺の風俗嬢なんて仕事を母がしたのか。その理由は、家族のために他ならない。
 当時高校三年生で、春には大学生になるであろう俺の受験費用や大学の入学費用を稼ぐために、母は必死で働いていた。母は父にも息子の俺にも内緒で、家族の幸せのために自分の体を利用していた。だが父は、それを快く思わなかった。
 会社が倒産してから二ヶ月の月日が流れたある日、父は母の服から漂ってくる男性ものの香水の匂いに顔をしかめ、必死に母を問い詰めた。それから程なくして、風俗嬢として働いていることが露呈。父は自分に相談もせずに、独断で風俗嬢で働くことを決めた母に腹を立て、母を軟禁した。監視カメラで母を監視し、一歩でも家を出たら、母に汚水を飲ませたり、暴力を奮ったりした。

 父は母を愛していた。異常なまでに。父は母に外は危険だと教え込むためだけに、暴力を奮っていた。 
 父は母を軟禁した途端に、今までろくにやっていなかった職探しに本腰を入れ始めて、母を軟禁して一ヶ月が経った頃には、再就職先を見つけていた。

 俺は父の母への歪んだ愛情を理解できなかった。でもそれが理由で自分が母を助けたら、父に暴力を振るわれてしまう。それがわかっていたから、俺は母を助けられなかった。受験のことを言い訳にして、父が母に暴力を振るうのを、見て見ぬ振りしていた。そんな時だった、俺が夏菜に出会ったのは。